浣腸を使わずに食べ物で下剤代わりを

私は浣腸を使っていましたが、効果も出なくなり、どうしたらいいんだろうと悩んでいました。(この時点でおかしいですね。。)

 

そこで私は何か普通のを食べれば腹を壊せると思いました。ネットで調べたりして、たくさんの方法をやりました。

 

はじめに下痢をするのは本当に意味のないことを知るべきでした。

悪循環すぎるのになんでしていたのか本当に意味がわかりません。

 

下痢を出すということは腸内環境が善玉菌が少なくなり、悪玉菌が増える。

すると、おならも臭くなり、便秘になる。

 

ちなみにほんとにおならは臭かったです。

笑い事じゃないくらい。。

 

私は学校のときも出そうなときがあるのですが、トイレでおならも出して臭すぎて、周りにバレるんじゃないか本当に怖かったです。

 

ストレスとともにお腹にガスが溜まり、そして悪玉菌もあるため、臭いになるはずです。

 

なのに、なんで、

 

こんな変な方法を使ってしまったんだろう。

 

と思っています。でもこの方法は普通に浣腸よりも手軽に買えるため今でもやってしまいます。反省してるのか反省してないのか。本当にクソやろうです。

 

そして、私が使っていたその方法は

 

キシリトールガム14個入りのを一気に食べる

•牛乳1リットルを一気飲みする

 

の2つです。

 

他にもバナナを10個ぐらい一気に食べたり、ブルーベリーを一気に食べたりとしましたが、全然腹が痛くなりませんでした。

 

上の2つは自分にとって腹を下す方法として最適でした。

 

ちなみになぜか下すのかは

キシリトールの場合、キシリトールガムに入っている甘味料の糖アルコールは、大腸へ行くまで消化や吸収されにくく、移動しながらたくさんの水分を引きつけていくらしいです。大腸で分解されるとき、もってきた水分を一気に解放するため、腸の内容物が膨張するなどして腸を刺激し、下痢を引き起こすということです。

 

牛乳の場合、牛乳の中に含まれる乳糖というラクトースを消化吸収のため分解するラクターゼという消化酵素の、小腸での分泌不足が原因で下痢を引き起こすということです。

 

 

 

 

 

摂食 便秘そして浣腸

前回あったように私は家で大きいトイレをすることも普通にできませんでした。

 

だから家で大きいをトイレするのを控えてました。

 

そしてほかにもたくさんの制限のある生活にストレスが続きました。

 

私は、大きいトイレをしたくても家にいたらしない、腹痛くても寝て我慢する生活をしていました。

 

そしたら私は便秘になりました、、

 

とその当時は思っていました。

 

でも今思えばその時は摂食障害でろくに食事もしてなくて、うんこが出るほどの食事量をしてませんでした。

 

私は便秘になったと思い、親へのいらいらが増しました。

 

そして、ついに私は浣腸に手を出してしまいました。

 

このときは早く出したい、何か溜まってる感があるという気持ちから買いました。

そして買ってすぐコンビニのトイレでしました。

(もちろん家のトイレではできないので)

 

そしたらすぐ腹が痛くなって2分後ぐらいにたくさん出ました。

 

やっぱり溜まってた、

 

私は便秘と思うと共に、このすっきりさにはまってしまいました。

 

浣腸を使ってまたしばらく出なくなってまた浣腸使って出して、そしてまた出なくなってと。。

 

私は浣腸が欠かせなくなりました。

 

ついにはコンビニだけでなく、学校でもするようになりました。

 

このままだと学校に間に合わない、コンビニにいけない。

学校着いた。でも出したい。やりたい。

 

休み時間に人にばれずにやりました。  

 

こんな生活を送り、、

 

ついに2ヶ月間も立っていて、なぜか浣腸しても出なくなりました。

 

なんで、出ないの

絶対溜まってるのに

 

本当に馬鹿やろうです。

出ないことにいらつきがありました。

 

摂食状態な上に、浣腸を使って体にあるものをすべて無くしたい。体には何もないのが普通さえ思ってました。

 

今は浣腸を使わなくなりました。

 

でも私は今過食状態で、逆に食べてるのに、それに対する量出てないじゃんでつい使ってしまいたいときがあります。

 

私は一瞬のすっきりした興奮、幸せに我慢できず、はじめは一回だけで買ったつもりがいつのまにか2年間ぐらい使ってました。

 

金はもったいない、さらに便秘が悪化して普通のうんちができなくなる、、

悪い点だらけです。

 

当時は浣腸が欠かせない体になっていました。

 

もちろん使う前、使っていたときはネットで注意するところを確認して、毎日使ってはいけないと決めて、買う決心をしました。

 

でも欲が勝って、結局別に毎日やってもいいだろうと思ってしまいました。

 

安易に買ってはいけないですね。。

これからと買わないように頑張ります。

 

 

 

 

私の感情

私は家が嫌いだった。

 

その理由はお母さんの潔癖症

帰るときも帰るときも玄関で脱がされて、裸になる。そして体洗うときも、トイレするときも、普通にできない。

 

私はもう我慢の限界だった。

 

家を飛び出してしまった。

 

それから私は家族との壁ができた。

 

あのときは家が大嫌いだった。

 

でも1人ぐらしをして、生活をして、生活する大変さを知った。

 

そして1番は寂しかった。

 

泣きたかった。

 

私は嫌すぎて我慢ができなくて飛び出した。

でも、お母さんのハンバーグが食べたい。家族みんなでわいわい話したい、、

 

 

本当に苦しかった。苦しい。

 

私には兄弟がいる。

 

兄も妹。

2人とも今も家で生活している。

 

私は兄に一度ぶつかったことがある。

 

どうしてそんなに我慢できるの?嫌じゃないの?

 

でも兄は

それさえ我慢すればいいじゃん

 

私は兄の考えに納得できなかった。

 

それさえってそれさえがでかすぎるでしょ

 

私は自分の頭がおかしいのかなと思った。

 

兄と妹も自分と同じ生活をしている。

でも自分だけお母さんに反発し、ついに家を飛び出した。

 

もうわからなかった。

 

私だけなの。私変なの。。

 

 

私は家族にたくさんの迷惑をかけた。

なのに1人になって、寂しくて家に帰りたい。

でもあの生活を送るのは嫌だ。

私って普通じゃないのかな、

私だけこんなにつらいのかな、

 

どんどん負の感情が出てきて、、

 

死にたくなった。

 

でもいざ死のうと思っても死ねない。

 

心のどこかで生きたいってやっぱり思ってるのかな。

 

死ねないってことは死にたくないのかな。

 

私はもうどうすればいいかはわからない。

でも前に進むしかない。

 

私は寂しがりやで、でも家には帰りたくなくて、でも帰ってお母さんと兄と妹と笑いたくて

 

私は理不尽な人ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の摂食障害

私は今振り返ると、スポーツ摂食障害だったかもしれないとふと思います。

 

私は家が大嫌いで、何かに打ち込んでストレス発散がしたかった。

 

それが私にとっては陸上がストレス発散方法でした。

 

走って走って、ランナーズハイでした。走っているときはすべてを忘れられるようで、大好きでした。

 

でもただ走った分、きちんと食べればよかった。

 

速くなりたい、入賞したい、負けたくないという気持ちが強くなりました。

 

だけどタイムが全然伸びませんでした。

 

走っても走っても伸びない。

 

そこで、私は食事を変化させました。

私は食事を減らし、揚げ物をまったく取らなくなり、、

 

スポーツ選手にとって必要なエネルギーを大きく下回る食事量しか取らなくなりました。

毎回食べるものは、ネットで調べて、カロリーはどんな感じか、脂質は多くないか、陸上選手として摂ることはよいか、、

 

体重も減っていき、いつのまにか摂食障害になっていました。

 

周りから

ガリガリだよ

 

と言われ

どこがだよ、普通の体重だろ

 

と本当に思っていました。

 

そして、食事を変えた最も理由である速くなってタイムをあげるためだったにも関わらず、結局タイムは上がらず、自然と食事をしないという依存に行ってしまいました。

 

今になって気づいた、あのときは何かに囚われたかのように、なぜか毎日を過ごしていた。

 

私は今過食症へなってしまいました。

まだ治っていません。

 

毎日食べたくなくても、お腹がすいてなくても勝手に食べ物を必要以上に、いやありえないほど取ってしまっている。

 

自分の体がぶくぶく太っていき、自分のすべてに自信がなくなってしまいました。

 

人とも関わりたくない、人に陰で言われているようで怖い、コミュ障、、

 

もう引きこもりになりたい、いやどっか遠くへ行ってしまいたいと今でも思っています。

 

私はこの経験から、自分へ甘えることも大切だと気付きました。

 

過食症になるまで、私は自分に厳しく生きてきました(生きてきたほうです。自分で言うのもあれですが)。

 

勉強に関して、部活に関して、私は自分に暇があったら、勉強をしているか、筋トレをしているか。

そして、それをさらに向上させるためにはどうしたら良いかと考えていました。

 

やると決めたら、どんなことでもストイックにやってきました。

 

でもそのストイックに生きていくなかで、少しストレスが心の中にありました。

 

そのストレスが今になってきて、過食へとつながってしまったのではないかと思います。

 

ストイックになることはいいこと。でもそのストイックの道を間違えました。

 

少しでも早く過食症から抜け出せるようにこれからも頑張っていきます。

 

まちがいさがし

パーフェクトワールドの主題歌

菅田将暉

まちがいさがしの間違いの方に
生まれてきたような気でいたけど
まちがいさがしの正解の方じゃ
きっと出会えなかったと思う

ふさわしく 笑いあえること
何故だろうか 涙がでること

君の目が貫いた 僕の胸を真っ直ぐ
その日から何もかも 変わり果てた気がした
風に飛ばされそうな 深い春の隅で
退屈なくらいに何気なく傍にいて

間違いだらけの 些細な隙間で
くだらない話を くたばるまで
正しくありたい あれない 寂しさが
何を育んだでしょう

一つずつ 探し当てていこう
起きがけの 子供みたいに

君の手が触れていた 指を重ね合わせ
間違いか正解かだなんてどうでもよかった
瞬く間に落っこちた 淡い靄の中で
君じゃなきゃいけないと ただ強く思うだけ

君の目が貫いた 僕の胸を真っ直ぐ
その日から何もかも 変わり果てた気がした
風に飛ばされそうな 深い春の隅で
誰にも見せない顔を見せて

君の手が触れていた 指を重ね合わせ
間違いか正解かだなんてどうでもよかった
瞬く間に落っこちた 淡い靄の中で
君じゃなきゃいけないと ただ強く思うだけ

生きる

社会で生きることは本当に難しいと最近思う

 

大学までちゃんと勉強して、高学歴があっても就活に失敗してニートになってどん底になる人もいる

でも逆に高卒でも就職をしたり、起業して有名になってる人もいる。

 

今高学歴を持っていたらうまくいくという概念は絶対にない。

 

頑張って努力しても報われない人もいる。

 

やりたいことをやってそれを仕事にする。が成功するとは限らない。

 

できるけどやりたくない

できないけどやりたい

 

就職を決める上でこの2つのどちらかを選ぶかは重要である。

 

でももしどっちかを選択してたとえ失敗してもそこで人生は終わりではない。

 

そこからどんだけ這い上がれるかが重要になってくる。

 

失敗の実験。

 

私は林修先生の番組を見てこの言葉を学びました。

 

失敗もすることも1つの成功のうち。

 

私はまだ就活をしていない。

 

でも大学生のなかで何もかもが嫌になって全てから逃げ出したくなって逃げてしまった。

 

でもその失敗から私はたくさんの支えがあって生きていることに気づけ、自分が思っていることが全てうまくいくとは限らない。

 

私は前まで他の人の家族、親との差にイラつくことが多かった。

友達の親が羨ましいとさえ思ってしまった。

 

本当にクズ野郎でした。

 

でもそれに気づけたことはかなり自分の中でも大きかった。

 

私はまだ這い上がるスタートにも立ててるかわからない。

 

でも自分の失敗から気づいたことを大きく受け止めて、これからの生活をためある人生にしたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

パーフェクトワールド

ブログをはじめて5日ぐらい経ちました。

 

ブログを始めよう、始めたい!!と思ってはじめましたが、実際に始めると何書けばいいか迷いますね。

 

今日は今はまっている松坂桃李さん主演のドラマ「パーフェクトワールド」を書こうと思います。

 

私は一度途方に暮れ、本当にどっか行きたい、消えたいまで思ってしまいました。

 

でもこのドラマを見て自分が悩んでいることがくそすぎて、力をもらっています。

 

心に残ったセリフ

 

自分の身体を犠牲にしてまで頑張る樹の言葉

次がある保証もないのに
いつ死ぬかもわからないのに

今やらなきゃだめなんだ!!

 

私はただ毎日を適当に生きてしまっている自分が情けないです。そして私がこうして普通に生活できていることがどれだけ幸せか思い知らされました。障がいを持っていない自分にとっていつ死ぬかなんて考えません。当たり前を当たり前と考えない。その1日1日が大事。私が今やらなきゃいけないことを頑張りたいです。

 

ぶつかっているシーン

晴人の言葉

障がいなんて乗り越えるなんて無理なんだって。みんな平気なふりして生きてるだけなんだって。

 

樹の言葉

障がいに好きでないっているわけではない。障がい者になってよかったなんて一度もない。

 

正直普通に考えれば普通です。障がい者で嬉しいことなんてあるはずがない。歩けないがいいなんてありえません。でもそれをなぜか忘れるほど、障がい者は幸せそうに生きているように感じていたと私は思いました。その影には障がい者が大変な思い、苦しい思いを持っている。そう思うと、なんか凄すぎてたまらなくてこのシーンには色々と心に打たれました。

 

 

終わり

障がい者が障がいを受け入れることなんてできないのに、毎日毎日1日1日を一生懸命に生きて頑張っているのを知ると、自分も頑張らなくちゃ本当に思います。

 

みんなもパーフェクトワールドを見てほしい!!本当に!!